mtoR 創業の想い

私の家は元々、梅ではなく山林の経営で生活をしていました。

私が中学生くらいの時までは山林家は景気が良く、30~50年くらいの杉材や桧材を伐採しても十分な利益が出て生活をやっていけました。

しかし30数年ほど前からは山林の価値は下がり、そのころから山の手入れに投資する山主さんはどんどん少なくなっていきました。

山林は伐採した後、まず苗を植えます。苗は木を切った後の広大な山に一本一本鍬で穴を掘り手で植えていきます。山にもよるのですが、だいたい1.5m~2mくらいの間隔で植えつけていきます。

一面に苗を植えたら、そこから数年は毎年下草刈りをしなくてはいけません。丁寧に下草を刈らないと木の成長より草が早く大きくなるので、木が草に押さえられ枯れてしまいます。その為に毎年必ず草刈をしなくてはならないのです。

数年経って木が2m~3mくらいの高さになってくると太陽の光が草より木に注ぐので、下草刈りはほとんどしなくてよくなってきます。

間伐で龍神村の山林を守る

次に大きくなってきた木は、木と木の間が狭くなるので間引き(間伐)をしていきます。

間伐は成長する過程で育成の遅い木を切って、面積当たりの本数をどんどん減らしていく作業です。

この間伐はとても重要な作業で、間引きをせずに放っておくと木と木の間が狭くなり、木の成長が止まってきて、根が張らずに弱い木になってしまいます。

そういう山林は台風などによる倒木や、豪雨による地滑りを非常に起こしやすくなります。昨今テレビで土砂災害などの映像を見ていると間伐していない山林が非常に多いのも事実です。

間伐がしっかりとされ、山肌に光が当たり、シダなどの植物が生えているような山は健康的で災害などに強くなります。

ですから山林を守るために、間伐は本当に大切な作業なのです。

木を切ったまま放置をすると!?

それに最近は木を切り出した後、植林をせずにそのまま放置している山も多くなってきました。

木を切った後、そのままにすると根が腐り、山肌は雨などで土が流れ、みるみるうちに谷に流れ込んでしまいます。これもまた、最近の豪雨などで大きな災害がでるという問題になっています。

こういったことは全国の至る所で起こっており、こういうことをもっと考えていかないと色々な問題が起こってきます。

このような現状を見ていて、私も家業である林業をどうやっていくかをずっと考えて参りました。

無農薬の梅作りは10年くらい働いているスタッフが2名と、それより長いパートさんがいて日々の作業はほぼスムーズに行くようになってきました。ですから私自身、いよいよ山林の問題にも取り組んでいこうと考えています。

現在、間伐した木は価値が非常に低く、50年くらいの山林の間伐材はほとんどお金になりません。

私の山林では、80数年くらいの太い木を間伐するようにして、細い木を更に100年、150年と育てる様に考えています。

その間伐した木で家具まで作っていこうと考えました。

龍神の木の魅力を最大限引き出す職人仕事

私が最終的に製品を作ろうと思ったのは、2歳年上の建具屋の友人がいるからです。

家が近所なこともあるのと、親父さんも建具屋なので私の実家の障子や建具などは全てその建具屋さんの仕事です。

若いころから彼の仕事に触れる機会が多いのですが、そのすごさは毎日長く使うほど分かってきます。

まず彼の作った戸は全く狂いが出ない。

毎日開け閉めしていて、もし建てつけが悪くなった場合は全て無償で直してくれるのですが、これがほぼ100%、上の鴨居に狂いが出てきたとかいう、建具以外の原因なのです。

彼の仕事自体に狂いが出るということを私は今まで一度も経験したことがありません。

うちの会社でも彼の仕事のすごさが随時感じられます。

例えば、梅干を紫蘇に漬ける作業場の入口は2カ所あり、杉板の大きな扉なのですが、その2枚の扉のおかげで鉄骨とコンクリートなのに一切結露が起こりません。

これは部屋の湿気をその2枚の扉が吸い取ってくれるからです。

しかし湿気を吸うと扉が変形して、少し開け閉めしづらくなります。

それをうちのスタッフが彼に伝えると、反対側から扉を雑巾がけするように言われ、軽めに絞った雑巾で扉を拭くと本当にスムーズに開け閉めできるように元に戻りました。

杉にウレタンなどの塗料を塗ると全くこの手間は省けるのですが、そうすると湿気を吸ってくれないので、結露が起こってしまいます。

こんな生きた扉と付き合っていれば、木の本来の良さや、その特性を活かす建具屋さんのすごさをひしひしと感じることができます。

職人の木取り

後は、木の目の使い方が天才的で感動します。

まず作る品物に対してどういった力がかかるかを考え、職人ならではの勘で木取りします。

これはどういったことかと言うと、例えばテーブルに使う1mの脚が4本必要な場合、4mを4等分すれば効率がいいと思いますが、木を見てその4mから1本しか取らないこともあります。

4mから使える部分のみを切り出すのです。

随分前に、外でバーベキューをする用に簡易な椅子を自分で作っていた時、彼の工房に行って脚を4本切ってくれとお願いしました。

その時も妥協せずに木取りをするので何度も「外でバーベキューをするのに使う椅子だから適当でいい」と言ったのですが、丁寧に木取りをしたおかげで組み付けは私がしたにも関わらず未だに使っています。

一見無駄な様ですが、こういうことの積み重ねが最高の仕事を生み出します。

職人の仕事がつまったテーブル作り

文章にしても実際に触れてみないとなかなか伝わらないかと思いますが、これほどの仕事ができる人なので、その技術を活かしてテーブルを作ってほしいと頼みました。

すると「とにかく杉は怖い」と言われましたが、それを説得し、しかも東京のデザイナーさんのデザインで作ってほしいとお願いしました。

彼は、建具は四角で強度を出すが、テーブルは上で止めるだけなので非常に難しいと言いました。

しかもデザインされたテーブルの天板の厚さは3.5cmなので、これに脚を止め強度を出すのは私もかなり難しいと思った上でのお願いでした。

しかし彼は、ビスや釘、金具、ビスケットなど家具に普通に使うものを一切使わず、昔からの木組みだけでそのテーブルを作り上げたのです。

その試作品が出来た時、デザイナーさんが見に来て「このテーブルどのくらい使えますか」と聞きました。

彼は使用の注意を守ってくれたら「100年はもとーかい」(「100年はもつでしょう」という意味で龍神の方言です)と言い放ったので、デザイナーさんが驚いていました。

やはり彼にお願いして良かったと感動しました。

木釘で作った経本箱

前にも彼が地元のお寺さんに頼まれて経本を入れる箱を作っている時、神社やお寺等に納めるものは永久に使えなくては意味がないから金具などは一切使わないと言っていました。

その時、作っていた箱は構造的に釘が必要で、こういう場合、竹釘を使うらしいのですが、心あたりをあたっても竹釘職人を見つけられなかったので、自分で樫の木の釘を作ったのです。(掲載した写真が実際に木の釘で作った箱になります。しかもテーブルはこういったものも使わず、木組みだけです。)

こういう仕事をさらっとやってしまう本当にすごい職人なのです。

私自身この仕事をやろうと思ったのは彼の存在ありきでした。

私の梅をずっと使っていただいている東京神楽坂の懐石料理屋の大将から、もう7~8年前になるでしょうか、お店に伺っている時に言われた言葉がきっかけです。

「寒川さん、次に店を新しくする時、龍神にカウンターにする木とかないの?」と言われ、酒に酔った勢いで言った「龍神材を使ってくれるなら、寄付するわ」の一言から私の材木探しが始まったのでした。

まずは色々な製材所関係や森林組合など、木のある場所を尋ねたり、木材をコレクションしている所を見に行ったりしてみました。

衝撃を受けたのは、龍神村には元々すごい木があったにも関わらず、それを持っている所が全くなかったことです。

特に龍神の杉などについて職人さんに聞けば、殿原(龍神の地名)筋の杉はカンナをかけた時の美しさは吉野材以上とも言います。

それほど良い木なのになぜ龍神村にないのか。

その理由は、原木を伐採して地元の材木市に出したものを、奈良などの他府県の業者や、和歌山でも他の市町村の製材所や材木関係者が買って行くからです。

良い龍神材だから地元で使おうということがほとんどないことに驚きました。

こういうことを経験していくうちに、やはり龍神の良いものは直接お客様に届けたいと考えるようになっていきました。

そういう事をしながら数年が経ち、2年くらい前にその料理屋の大将から、移転場所がいよいよ決まりそうだからとの話をされました。

そこで私はスイッチを入れ、カウンター材探しに力を入れるようになっていったのです。

そうしているうちに龍神に住む刀鍛冶職人(この方も業界では名の通った職人です。)の先輩から、木のことならと材木商のおやじを紹介していただいたのです。

この方は龍神など紀州を中心に山林ごと買い付けて市場や製材所に出す仕事をしていたので、紹介をしていただいた時、その話をしてお願いしたら一緒に探していただけることになりました。

製材所を回っているうちに、前に護摩壇山で出した良い桧を買った製材所があるので聞いてみると言っていただきました。

そこでまさに、龍神村護摩壇山の桧の一枚板が見つかったのです。

その板を迷いなく分けていただき、あとは少し前に製材所で分けていただいた奈良県十津川村の桧とで、そのお店のL字カウンター材が揃ったのです。

感動の瞬間です。

その木がそのお店に据わっているのを見ると本当に涙が出そうになります。

こういった経験をしていくうちに自然と龍神村の木とすごい職人の技術をもっとたくさんの人に分かってほしい、伝えたいと強く思うようになり、協力していただける方々と共に「m to R」(mountain to room 山から部屋へ)を立ち上げることになった次第です。

こういった会社を運営することで、農業や林業の未来のあり方を追及していきたいと思っています。

平成30年11月吉日
エムトゥーアール株式会社
代表取締役 寒川善夫

  • No products in the cart.